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 『拝啓、風に木の葉の舞う季節、体調お変わりありませんか。…などと定型文をしたためてはみたものの、そもそも同じ屋根の下に暮らしているからして、あなたの体調が至って良好であることは分かりきっているのでとても馬鹿馬鹿しいこと書いちまったなぁ。と後悔しています。エビスからは「こういうものは定型というのを大切に云々」と有難~い助言を頂いたものの、やはり俺にはこういった堅苦しいのは性にあっていないようです。
 

 さて、報告書ならいざ知らず、手紙なんか生まれてこのかた片手で数える程しか書いたことのない俺がこうして筆を取っているのは、照れ臭さや後ろめたさで言葉には出せないような積もる話があるからです。
 思えば、あなたは俺達の里の頂を儚くした者の従者でした。今だからこうして難なく伝えることのできる言葉ですが、もっと言ってしまえば仇、といっても差し支えません。

 覚えていますでしょうか、俺の主人である三代目火影と、あなたの主人である大蛇丸は何人たりとも介入する隙のない戦いを繰り広げていました。そして俺は護るべき人の死を二度、経験することとなりました。仮に俺が介入した所で、三代目火影の何の役にも立たず野垂れ死んでいたことでしょう。

 しかしあの頃の自分はただただあの時主君の為に死ねなかったことを悔やんでいました。先程護るべき人の死を二度経験したと言いましたが、一度目は四代目火影でした。これはあなたには今まで伝えていませんでしたね。

 その時に、俺は二度とこの里を照らす火を絶やさないと心に誓ったのにも関わらず、…悪い。この件は上手く言葉に表せない。そもそもお前には関係のない、湿っぽい話だった。

 話は戻り、あなたがあの結界の北を務めていたことを知ったのはもう少し後になってからのことですが、あの時から俺は確かにあなたとその仲間たちに対して「木の葉崩しに加担した者」として復讐心を孕んでいました。

 …堅っ苦しいのはやめだ。気持ち悪いな。ちょっと崩すか。

 相対したのはそれから少し経ってからのこと。お前とその仲間が当時の木の葉隠れの下忍、うちはサスケの里抜けの手引きをしていた時だった。

 俺は…子供だからといって見くびっていたわけじゃなかったが、呪印によって変体したお前らと戦っている時には、地獄の獄卒共を相手にしているような気分だった。地獄に行った事は無ぇが、まぁ雰囲気は察してくれ。次に起きた所が地獄じゃなく病院のベッドの上で良かったよ。
 二度目にお前と出くわしたのは木の葉の里だった。血まみれの腹を抱えた手前と同じ位、虫の息な仲間の盾になろうとするお前の姿は正直な話、滑稽だと思った。ボロ雑巾みたいになっちまってるその様が、まるで俺とライドウがやられた時を逆にしたみたいだったからな。

 里の者の里抜けに加担したとは言え、まだ幼い身分、大蛇丸の呪印による支配、お前らの生まれ、加えてあの騒動は最終的にサスケの意思によるモンだ。大蛇丸に使われていた自分と重ねでもしたんだろう、珍しく真面目な顔をしたアンコの希望にもよって措置は講じられた。
 

 それでも俺がお前を、というかお前らの一人でも監視下に置くと決まった時は内心勘弁しろと思った。あくまで任務は任務だが、何かのはずみで殺意が沸くかわかったモンじゃねぇ。そもそも何で俺にお役が回ったのか問い質して阿弥陀だと帰ってきた時は目眩がしそうだった。賭け事じゃねぇんだから…。
 

 お前が初めてこの家の敷居を跨いだ時、リビングのソファの隅で縮こまって座っていたのはお前が人見知りなわけでも、監視役に怯えていたわけでも無かったのだろう。お前は目も伏せず、向かいでお前を凝視する俺の目を真っ直ぐに見ていた。
 俺の一挙一動を咀嚼しようと、見落とさないように。何か起こった時に受け身を取るためでも、カウンターをかますわけでも無く、俺にはお前が責任を取りたがってるように見えた。

 その時思ったんだ。何だ、一回選択を間違えただけの可哀相なやつじゃねーか。ってな。バカバカしいじゃねーか。其れを一生引きずろうとしてるお前も、心のどこかでお前に責任を課そうとしてた俺もな。

『…取り敢えずメシにするか。』
 俺がこの何てこともない一言を喉から出すのに、どれだけ勇気が必要だったか、お前、知らなかったろ?

 一回俺に、告白してきたことがあったな。からかい話なら掘り返してもつまんねーんだが、マジな話だからまぁ読んでくれよ。

 お前は好きになって済まない、と俺に頭を下げてきた。あんな湿っぽい告白があるか、ばかだな。もし、今でもお前の心にしこりが残ってたら、それは無意味だから捨てちまえ。少なくともあの時お前が俺に向けた好意は、俺にとって気分が悪いモンじゃなかった。だから、『好きになって済まない』だなんてバカなこと言うのはお前の人生の中であれっきりにしろ、バカ。

 俺がお前の覚悟にいい返事ができなかったのは、何もお前を不快に思ってたとか、お前の魅力が無かったわけじゃない。むしろ可愛い方だろ?顔はな。

 簡潔に言えばお前は俺の恋愛対象にはならないんだと思う。誤解すんな、良い事だ。例えば、お前が裸で俺に馬乗りになっても俺は手はださねぇと、多分思う。多分。実際やるなよ。お前変な実行力あるから怖いんだよ。…話が逸れたな。

 俺はお前のことをそういう、どストレートに言えば性的な目で見れないっつーか、汚せないっつーか。何だろうな、もっとこう、代わりが居ないっつーか…アレか、妹とか姪っ子?ってか俺を好きになるなよ。オッサンだろ。やっぱり趣味悪いよなぁお前。


 火の国の城下町の祭り。あの時屋台の兄ちゃんに仲良いね、兄妹かい?って言われたな。お前は仏頂面で否定してたが、案外俺はまんざらでも無かったよ。
 笑ってくれ。あれだけ脅威だと思っていた奴は、今じゃ俺の中で妹だとか姪っ子同然の存在だ。

 

 お前が俺の焼酎をジュースか何かと間違えて飲んじまった時があった。お前次の日には綺麗さっぱり忘れてたが、俺、お前をおぶって帰ったんだぞ。

 その時の腕の細さとか、体重の軽さだとか、だらんとした手の小ささには酒が飛んじまった位ぎょっとしたな。そうか、コイツは鬼でも仇でもまして玩具でもない、ただのガキなんだって。

 あの時から、俺はどうしたってお前を大事にしようと思っちまった。

 柄じゃないことを伝えるには柄じゃない手段を取ったほうがマシだと思ったが、やっぱ恥ずかしいモンは恥ずかしいな。知ってたけどな。

 俺の「愛してる」はお前にくれてやれなかったが、「親愛なる」はずっと持って落っことさないでくれると有難い。何かあれば捌け口位にはやってやれるから。選択を間違えたと思ったら相談くらいしろ。一緒に考え込んでやる事はしてやれるから。

 と、ここまで筆を走らせてきたが、段々字も文も荒くなってるのはご愛嬌だ。長くなっちまったが、律儀なお前のことだからここまで読んでくれるだろう。堅っ苦しいのはお互い柄でもないだろ?
 まぁ、上手にやれよ。お前は色々不器用だからな。

 


 敬具
 不知火ゲンマ』

 「・・・・・・」

 不知火ゲンマは、ようやく自分の名を書き上げたところで大きく息を吐く。

 手紙は文字で埋め尽くされていて、まるで何かの術式か碑文のようだ。これは文章を削る必要がある。まだまだ眠ることはできないな、と軽く腕を伸ばせばパキポキ、と関節の音が鳴った。
 カチコチと音を刻む時計を見れば短い針は夜中の三時を示していた。一体自分はどれ程の時間この机と手紙に向かい合っていたのだろうか、と頭を掻いた彼の周りには、乱暴に丸められた書き損じの手紙の下書きが雑然と転がっている。

 …仕方ないだろう。元から手紙なんてどう書けばいいかわからない。中々丁寧に伝えられない。書いている間に色々と溢れ出して、きりがない。
 とりあえず、大まかな下書きは完成したのだ。息抜きに外の空気を取り入れようと窓を開ける。
 窓の外枠に取り付けられた花は多由也…この手紙の受取人が育てたものだった。似合わないと茶化したら重たいストレートが飛んできたことが昨日のことのようだ。(絵面だけなら様になっていると思ったことは墓まで持っていくつもりだ。)
 窓枠に腕を預けて、もう一度大きく息を吐く。
 部屋中に満たされたインクの匂いだとか、花の花弁や葉の水滴だとか、殊の外綺麗な夜空に浮かぶ星だとか、俺はきっとこの瞬間を死ぬまで忘れないのだろう。

 仕方無いだろう。こんなことは確実にこれで最初で最期だ。

 少なくとも俺一人だけのこの夜空では誰も文句は言うまい。

 この手紙を読んで、あの子はどう感じ、どう反応するだろう。いつものように『うっせーよカス、死んどけ』だとか汚い悪態が飛んでくるのだろうか。それも悪くねぇかもな、あいつらしくて。と思わず苦笑した。
 視界が霞んで見えるのは、窓向かいに最近できた、二十四時間営業を唱うファストフードの店の明かりが眩しいからだ。目頭が熱くなるのは、卓上に五缶ほど転がっている、何時もよりも少し高価なビールのせいだ。
 冷たい外気を遮断して、ぬるくなった五缶目の残りを飲み干す。新しい便箋とインク塗れのペンを手にとった。


 慣れない事をするのも悪くは無かったと思う。
 ここまで途方もなく骨が折れたが、それもこれで最後だ。

 

 


 明日、多由也は俺じゃない男と結婚する。

 

 

 

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(0608/16)

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