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/(ラッキースケベ的な話ですよ。)

「朝ですよ、起きてくださいよ多由也さんー」

 

 コンコンとノックをしてから部屋の扉を開けると、なんとも想像通りというか…まだベッドで暖かい布団にくるまりながら寝ている居候の姿が目に入った。


 ――彼女とは里外れの森で出会った。

 僕がいつものように薬草や木の実を収穫していると、覚束無い足取りで木と木の間から姿を現したのは血塗れの彼女の姿だった。
 彼女は僕を虚ろな目で見据えるや否や、ふら、と前のめりに倒れてしまったのだ。
 異質な風貌からひと目で忍者だと悟ったが、身体中にべたりとはりついた赤は返り血だとは勿論思えない。服の破損した箇所からはどくどくと鮮血が流れて衣類を赤く染めていた。
 こう見えても僕だって忍だ、血塗れになる程の負傷を負った人間だって数多く見てきた。それどころか、自分が誰かをその状態にしたことだって数え切れない。

 

 けれども、自分の任務に関係の無い人が怪我を負っているのを見逃せるほど、僕は忍にはなりきれていなかったのかもしれない。
 再不斬さんにはお叱り…というより、『ペット感覚で人を拾うんじゃねえ』と、お怒りの言葉を食らってしまった。(あなたも人のことを言えないのでは、と思ってしまったということは控えて置きましょう)
 が、粗末な家屋の粗末な寝台で寝こけている彼女を尻目に、捨てろ捨てないの問答を繰り返した後、大きなため息を付いて再不斬さんが半ば呆れ声で仰った言葉は『好きにしろ、勝手にしやがれ』だった。

 

 彼女が目を開いて初めて目にした人物は再不斬さんだった。
 再不斬さんはああ見えて面倒見の良い方だから、『いいか、コイツが治るまでの間だけだ――それまで、お前が面倒を見ろよ』とは言ったもののなんだかんだで逐一彼女の容態を見に来ては規則正しい呼吸をして寝台に横たわる彼女に安堵していた。


 ――と、まぁ、そんな感じで彼女が此処に来てから三日後くらいして、再不斬さんがいつものように様子を確認する為に彼女の顔を覗くと、彼女の目がぱち、と開いた。
 血塗れの時は容姿に構っている状況ではなく、目を伏せていた時は顔は整っている方だと考えていたので、その程度だったが、街を歩けば結構の数の男が振り返るのではないかと思う位の容貌の持ち主だったことを知った。
 何故こんな娘が忍なのか、何故血塗れに成るまでに重症を負う宿命だったのか…それを考えると誰にとも言えぬ苛立ちが襲っ、

 

「あ"ぁ?何で桃地再不斬が……っつかココは何処だ…!」

 

 一瞬、衝撃の余りに口が開かず表情が凍った。
 想像はしていた。知らない場所で寝ていたことに対する恐怖と、言ってはなんだが再不斬さんのファーストインパクトからの、罵声、悲鳴、すすり泣き……いずれか、或いはそれら全ての覚悟をしていた。
 しかし、彼女の口から出る粗暴な言葉は流石に予想範囲外で、本当に彼女が喋ったのだろうかと一瞬のみ反応が遅れてしまった。

 

 唖然とした再不斬さんの横に来て、掻い摘んで今までの経緯を彼女に話した。
 すると彼女は蒼白な顔をして、未だぼろぼろの拳を膝の位置にかぶってる布団に叩き込んで言った。

 

「任務から三日も経ってるのか…!クソ!あのゲスチンは次会ったら地獄に送ってやる!!」

 

 ……男性でもここまでの粗暴な言葉は無いのではないだろうか……
 お互い困惑しつつ、僕らが事情を話すように促すと、彼女は細かい事情は話さなかったが、任務中に負傷を負ったこと、上司がかなり厳しいこと、仲間は恐らく彼女を探していないことを告げた。(死体回収の為に探していることならありうるとも言っていた。)
 それきり彼女は暗い顔をして黙りこくってしまった。

 

「……あの、それでしたら、」
「おい、白ッ」

 

「僕たちと一緒に暮らしませんか?」

 

 言いやがった、と言うように深くため息をつく再不斬さんの目と、驚いた顔の彼女の目が僕を見据えた。

 

*

 

 初めは名前すら明かさなかった彼女だが、最近漸く僕らに名前を教えてくれた。

 

「………感謝はしねえぞ、お前らが勝手にやったことだ。」
「ええ。わかってますよ、お嬢さん。」

 

 僕が顔に笑みをたたえて返事をすると彼女はあからさまに不機嫌な顔になる。
 彼女は実にわかりやすい。その分かりやすさのせいで再不斬さんとよく小競り合いになるのだが…まぁ、再不斬さんもその時はちょっと生き生きしていて楽しそうなので、僕は楽しそうに傍観ているだけだ。

 

「…ウチはお嬢さんなんて柄じゃねぇんだよ。」
「そうですか、お嬢さん。」

 

 ここまではいつも通りだった。だって名前を知らないのだからこっちから呼称を決めるしかない。そうでなければ、何かと不便だ。

 

「…っ、た、多由也…」
「はい?何か仰――…」
「二度は言わねぇっ!ウチの名前だっ!」

 

 目を泳がせながら震える小さい声で何かを言ったので聞き返すと、先ほどの彼女自身の発言を帳消すかのような声量で叫ぶ。

 

「多由也さん、でいいんでしょうか?」
「聞こえてんじゃねえか…男女の癖に、一々性格の悪ぃ奴だ。再不斬よりタチが悪ぃ…」
「お褒めに預かり光栄です、多由也さん。」

 

 折角名前を知ったのだ。今まで呼べなかった分これから沢山呼んでしまおうと、態とらしくゆっくり名前を呼ぶと、彼女は眉を吊り上げて狼狽えたように目を伏せ、口をもごもごと動かしている。
 ………少々、意地の悪いことをしてしまったでしょうか…。

 

 「お、おい…その…さ、ふたりとも、その、ありがとよ。」

 

 今度は僕が驚かせられる番だった。
 彼女は酷く素直ではなく、意地っ張りな部分がある。そんな彼女の精一杯だったろうその言葉に、僕は頷いて笑う。
 これは、再不斬さんにも伝えて差し上げなくては。

 

「はい。どういたしまして。」

 

 ――――彼女とそのやりとりをしたのは数日前。
 彼女が三日間目を開かなかった時ではないが、ここ最近わかったことは彼女は目起きが悪い。彼女が茶の間で僕らに顔を出すのは大抵十時を過ぎた頃程だった。
 だから今日から僕が彼女を起こしに行く。
 再不斬さんも年頃の娘が夜行性というのは不健康だと心配していらっしゃるようだったが、起き抜けに自分の顔を拝むのは心臓に悪いだろうと落ち込んだように仰っていた。常に貴女を邪険にしているようで、やはり彼は貴女を娘のように気にかけているのですよ―。と布団の中のその人に心中で呟く。
 布団の中からは態と大きく音を立ててドアを開けたのも何のその、未だに規則正しい寝息が聞こえる。

 

「…これは、少々乱暴な手段を使ったほうがいいですね……」

 

 外気の寒さに晒せば目も覚めるものだ。勢いよくばっ、と布団を捲り上げ、r、

 

「………眠、い……」
「……っ!…っ!!!」

 

 声が出なかったし、口も目も見開いたままで動けなかった。
 彼女でなく僕が、だ。枕を抱いて体を右側に横たえている彼女は外気と陽光から逃れるように目を閉じたままで眉をしかめて身をちぢ込める。

 それは良い。
 問題は、


「たっ、たたた、たたたゆやさ、」
「……………うっせ…ん…」

 

 彼女は何も身につけてない履いてない着てない状態だった。まだ生傷は残っているが滑らかで健康的な肌が、脚が、晒わになる。
 顔が熱い、熱に慣れていないのもあっておかしくなってしまいそうだ。
 それなのに、突然の事態に首も四肢も硬直して視線を逸らすことも両手に持つ布団を掛け直すことも叶わない。
 彼女が巻き付いている枕と、うずくまった姿勢のお陰で彼女の女性たる部分が全て隠されていることが救いだった。

 

「あっっ、あのっ寝巻きは一体っ」

 

 僕の問いに応じることもなく彼女は再び寝息を立てる。

 

「はっ早く起きてください!あっやっぱり起きないでください!動かないままで――」
「うー…」

 

 枕に絡んだ右腕を解いてごしごしと目をこすると、まだ寝足りない様子で多由也さんは、
 ごろんと
 仰向けに
 寝返りを
 うった。

 

 よく女だとは見間違われるが――男の僕には無い女性特有の双丘が、脚と脚の間から見える男性のものではないそれが、一糸纏わぬ状態でさらけ出される。
 もう、もう何を考えていいか分からなくなった。目眩がする。汗など一切かいたことの無い僕だったが、この時ばかりは冷や汗がとめどなく流れ、て、

 

 ぐら、とスローモーションのように自分が後ろのめりに倒れたことを感じ、ドターン!!という大きな音が聞こえたのがこの時の僕の最後の記憶だった。

 

 ――初めて、彼女に一杯食わされた気分だった。

 

 

 

***

移転に伴い修正(2・2)

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