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「テメー、最近俺を避けてんだろ。」
掴む、なんてかわいい言葉で形容できない。男の手に拘束されている手首は骨の軋む音を立てている。きっとあざができているだろう。でも腕あてで隠れる部分だから、それはまあいいか。と手首の心配していると、男は不機嫌であることを隠すこともなく眉をしかめ大きく舌打ちをした。
「俺を避けるなんていい度胸だな。人傀儡に加工してやっても良いんだぜ」
―――嘘だ。
昔も冗談で言っていたことがあった。あの頃は確かに冗談で言っていたが、その気になれば――例えばウチがこいつを怒らせる。そうすれば、こいつが道楽で、或いは気まぐれで殺すことなんて造作もなかった。
その気になればいつでも行動に移せたから、冗談でそんなことが言えたのだ。
だが、今は状況が違う。
こいつが口でどうと言おうが十中八九、手首に痕を残すことは可能であれどもウチを殺すことなどできないのだ。
それとともに、ウチがこいつにそんな事実を告げようとしないのは一種の哀れみや失望であった。全てを投げ打ってでも強さを求めたウチは、傍若無人で自唯我独尊かつ強さを兼ね備えたこの男に惹かれていた。
他者からの言葉には自分の興味以外のことに耳を貸さず、己の道を追求し己の作品に陶酔する。そんな姿を愛してやまなかった。
極論を言えば、その理不尽さで、或いは気まぐれで自分のちっぽけで哀れな人生をひねり潰して欲しいとまで願っていたのだ。
この、自らの主人の元相棒と形容すべき『お方』に。
こいつは今、ウチを殺すことはできない。例えこの事実を告げて、逆上させたとしても殺すことはできない。してくれない。予想でなく確信である。だからウチは心の中で好きなだけ責めるように叫ぶことしかしない。
『できもしないくせに』
この男は愛してしまった。このちっぽけで愚かな存在であるウチを。恐ろしいことに男はそれに気が付いてもいない。どんどん自分から堕落の道を歩んでいることに気づいてもいないのだ。
先日男に意を決し呟いた。
『もしあの方の元を去ったなら、ウチは真っ先にお前の所に行くだろう。』
男の口元が揺らぐのを見た。嬉しいのだろう、と感じた。彼のコレクションが増えるから。
しかしその時男の念頭には、逃げ転んだウチを殺して人傀儡にする、という考えはなかったらしい。男は自分の思考の、感情の異変に気付くことも無く馬鹿にした笑みで返した。
ウチの耳に飛び込んできたのは予想だにしてない言葉だった。
『その後、手前はどうする気だっつの』―――男の頭の中では、生きているウチが確定していた。それだけで、自分は今男から見て、最も男も気づいて無いようであるが、どんな存在であるかを気付かされた。
今だって、こいつは何といった。『人傀儡に加工してやっても良いんだぜ』?
他者の行動が気分を害したとすれば躊躇い無く殺せばいい。忠告なんて無駄なだけだ。そもそも何故避けられていることを感じて甘んじて気分を害されていることを受容するのだ。
不快だと思ったのなら、『避けてんだろ』なんて証拠や確信を求めずに『避けている』と自己確定し 一瞬でもそれを感じたら殺すのが理想だ。男にとってもウチにとっても。
他者などに関心もない男が好きだった。関心があるとて、一辺の躊躇いもなく、他者を捻り潰すことのできるこの男が好きだった。男は未だに自分がそういった者であると甚だしい勘違いをしている。ウチの中にこいつへの強さへの敬意こそはあれ、人間性そのものへの羨望はもうない。
男はウチが男を『避けている』と言った。それは違う。避けてなどいない。ただ単に答えは明白。ウチはもはや男を以前の男と見ていなかった。それは避けるというより、まして愛情からの逃げというよりは、失望による興味の損失だったというのが最も最適に感じた。もはやウチなんぞの生に縋る人間に興味なんぞなかった。
「そうだな、跡形もない塵になれたら楽なのかも知れないな」
心底からの言葉に男は一層不快感を顕にし、悲愴の表情を浮かべてウチの手首を離し、微動も動かず立ち尽くしている。そんな悲しいことを言うなとでも言いたげだ。
窓に映った自分の顔をみやると、それは驚く程に冷めていた。
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サソ←多由からのサソ→多由
恋慕ゆえの無殺生をするサソリに真底冷めた多由也と、自分の愛にも変化にも気づいていない、わけもわからないままフられた(とも気づいてない)旦那
移転に伴い修正(1・31)