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■一部の場面や台詞にて、映画『L/E/O/N』をパロディさせて頂いてます。

■主に過去捏造+多由也の家族構成捏造注意。創作地域、創作モブが出てきます。

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 かくして、ブラックリストに名を連ねる抜け忍と、復讐心を募らせた少女の奇妙な同居が始まった。

 

 多由也は家事全般を請け負うと言ったが、食事も睡眠も不要なサソリの身にそれは何ももたらさない。かといって何もさせずに側に置くのもサソリの望む所ではないし、それは多由也とて同じことであった。

 側に置いて教鞭をとってやる代わりにサソリが提示したことは、膨大な数の人傀儡の整備だった。正直駄目元の無理強いでもあったが、多由也は根が真面目な気質なのだろう。音を上げることも手を抜くことも無かった。それどころか、サソリが整備士として雇う価値があると感じてしまったほどには手先が器用だ。

 

 それに気をよくしたサソリが教えたチャクラの練り方や扱い方を、湯水を吸収するスポンジのように順調に覚えていく多由也に、サソリは執念とは凄まじいものだと呆れにも似た感動を覚えた。特に粗暴な口調に反してチャクラコントロールが精密なのだ。尤も、手裏剣やクナイだけはどれだけ修行を積ませても実りが無かったことは実に残念だ。そうとなれば授けられる手数は相当限られる。本来であれば不必要な思考の波に飲み込まれていたサソリは、腹いせ次いでに多由也を無益にからかったことがあった。

 

「そうだ。…クク、いいこと教えてやるよ。お前が手入れしてやってるそいつらは、元は生身の人間だ。殺した死体は、こうして加工して人形に変える。人傀儡。そう呼ばれてる。」

 

 端正な顔でニヤニヤと笑うサソリの目に、人傀儡の下半身を手入れしている指がひくりと引きつったのが見えた。余計なものは削いでいるとはいえ、多由也のつり目が、別にそれ今言う必要無かったよな?と言わんばかりにじとり、とサソリを睨む。当の本人といえば愉快そうに口端を釣り上げただけだった。

 つまる所、軽口を言い合える位には二人の仲は良好であるのだ。話の中身は、健康的であったとは言い難いが。

 

***

 

「アンタが子供のお守りとはねェ…」

 

 青白い肌をした目の前の男は、面白いものを見るかのようにサソリに目線を絡ませた。

 大蛇丸。それが、暁の忍であるサソリの相方であるこの男――と断定すべきか判断に迷うところではあるが――の名だ。因みにコンビ仲は最悪だ。正直サソリは大蛇丸と顔も突き合わせたくないと思っていた。大蛇丸とてそれは同じことであろう。そうでなければ、わざわざ大蛇丸とサソリがこの国で別の宿を取る必要も無かったのだ。

 この国の住民の例に漏れることなく、甘味屋の客も店員も二人の会話には無関心だ。

 

「……おいカマ。俺ぁ今お前と仕事の話以外する気は無ェんだよ。北部と、こっちの地区で集められる情報は集めた。仕事に障りは無い。」

 

 ぴり、とサソリは剣呑な空気を背にまとわせるが、大蛇丸の表情が変わることはない。卓上の地図を指差し事務的に仕事の経過を報告するも、大蛇丸には話を逸らすつもりも毛頭ないらしく、先刻の自分の話に重ねた。

 

「あの子、武器の扱いはダメね。手先は器用だけど、凶器を扱うセンスがない。」

「お得意の覗きか?趣味がいいこったな」

「あんたに言われるのは…心外ね。」

 

 大蛇丸は気を咎めたように続ける。

 

「別に何しようと勝手だけど、程々にすべきよ。クク…あんた知ってるでしょ、入れ込むのはオススメしないわ。利用されて逆上してたら目も当てられないから。」

「ジジイの説教ほどうぜぇモン無ぇな。そもそもあの餓鬼は…そういうんじゃない。たまたま見下ろした砂利道で何となく拾った小石みたいなモンだ。何かの拍子で手元から落ちても、きっと気付かねぇな。」

 

 サソリがそう言い、鼻で嗤ったのを皮切りに、大蛇丸は卓上の地図を畳んで店から出て行った。サソリは何気なく大蛇丸の出て行った店先の外を見やり――そしてそのままぴしりと動きが止まった。視線は大蛇丸の向かった方角とは反対側の方角に注がれている。

 正確にはそこにいる多由也と――その隣にいる青年の姿に。

 

 部屋を出る時に買い出しに行ってくると言っていた多由也の手には、袋が握られている。

 そういえば食材店はここの周辺だった。それに馴染みのないサソリは今の今まで気にも止めていなかったが。

 兎に角、多由也の行動は理解できたが、その隣に立っている、どうにも風体がよろしくない青年の姿には見覚えがない。サソリが二人を視界に捉えたのは、青年が多由也が手に持つ1本のタバコに火を点けている所だった。

 多由也が煙を吐いたところでサソリは眉を吊り上げて席を立つ。そのまま迷いもなく店先の二人の横に立ちはだかり、「多由也」と短く呼んだ。威嚇するように青年を睨みながら多由也の肩を引き場所を移動すると、肩に置く手はそのままにサソリは多由也と向かい合う。突然のことで多由也はぎょっとした顔をしているが、サソリはその様子に構うことなく問いかけた。

 

「………煙草吸うよりなんか無いのか?」

「何だ…急に。だって前に――…」

「…いいから答えろ。」

「…」

 

 多由也はサソリの剣幕に怯んだのか、少し瞳を彷徨わせた後に、ぽつりと漏らした。

 

「……笛。」

「あン?…笛?………だったら尚更煙草はやめろ。いいな?」

「わかった。」

 

 傷一つない小さな指先が、火のついたタバコを足元に捨て、踏み潰す。惜しむような素振りも無い多由也のその行動に、迷いは無い。

 サソリはそれを一瞥すると、居心地の悪そうな顔で言葉を続けた。

 

「あー…ところで、さっきのガキは知り合いか?」

「?別に。通りすがりだ。」

「…変なやつと話すな。」

「わかった。」

「怪しい所に出入るな。」

「わかった。」

「…………ガラ悪い輩とつるむな。」

「…わかった。」

 

 段々と生温い視線になっていく多由也を、サソリはじろりと睨みつけた。

 

***

 

 同日。多由也は先刻買ったばかりの横笛をきらきらとした目で眺めていた。

 サソリは眠たげな目を呆れたように細めて、頬杖をつき、逆の手でとんとんと指で机を叩いていた。とうとう秒刻みのリズムを刻むことに飽きたサソリが、呆れたように口を開く。

 

「…飽きねえのか?もうそうやって半刻になるが。」

「飽きない。」

「お前そんな力強い口調じゃなかっただろうが…」

 

 手に持った笛から目を離すこともなく、多由也は即答した。

 サソリは、新品の横笛を更に手入れしようとするその姿に呆れつつも、『無意味だからやめとけ』、と取り敢えずの忠告をする。多由也はそわそわしながらも、手に持った蜜蝋ワックスの瓶を名残惜しげに置くと、楽器とともに買い込んだ楽譜を大切そうに読み始めた。

 

 「また今度」「いつか」という言葉を毛嫌いするサソリは、多由也が『禁煙の代わりに笛を吹きたい』と言った直後、多由也を連れて街道から外れた所にある楽器屋に立ち寄った。

 といっても、多由也には元々興味を惹かれていた店があったらしく、多由也がサソリを引き連れて、という言い方が正解だ。

 一口に笛といっても色も形も大きさも、材質も様々である。小ぢんまりとした店内には同じ楽器はひとつとして無いだろうという程の多様な楽器が陳列されていて、そちらの造詣には疎いサソリは精々材質の違いでしかモノを選べそうにない、と感じた。

 そんなサソリを尻目に、多由也はひとつの笛を手に取った。戦場で扱えばポッキリ折れそうな木製の横笛。戦場育ちのサソリがその笛を見た感想はそれだった。

 

「オイオイ…あんなに張り切っといて随分安っちいの選ぶな。いくらだ。」

「え…500両、だけど…。気晴らしで買うならこの位が妥当じゃ――」

「まぁ、お前の気晴らし程度ならな。だがそんなんじゃ安い音しか出ねぇぞ。俺に、んなモン聞かせてみろ。手前の耳引きちぎるからな。」

 

 こともなげにバイオレンスな発言をするサソリに、多由也は怯んで手元の笛を落とした。カラコロと安物の音が狭い店内に響く。

 

「…それは、安物でも売り物でね。粗末に扱ってくれるな。」

 

 今まで只カウンター奥に座って新聞を読んでいただけの、愛想の無い店の者がじろりと二人を一瞥する。深く刻み込まれた皺は不機嫌そうに寄っている。固い雰囲気を纏った初老の男だ。

 

「あ…す、すまない…。」

「フン。人間、思い入れの無い品には神経を使えんものだ。」

 

 初老の男は神経質そうに眉を顰め、多由也の足元の笛を拾い上げ多由也の手元へと返す。

 

「尤も、手の届かないのであれば、気のあるものがあっても妥協は止むを得ないだろう。」

「…手が届かない、だと?」

「……そこの子供がよく眺めていた品があったのでな。だが、それを求めるのも、妥協するも子供の自由だ。」

「…これか?」

「!!!」

 

 サソリは、気だるげに一本の笛を手にした。先程多由也が手に取っていた稚拙な木製のものとは異なり、サソリの持つそれは重厚な金属で作られていて冷たい。多由也が店に入ってちらりと見ていた品であったが、ハッタリの多い同業者よりも分かりやすかった子供の視線を、たまたまサソリが目にしていたまでのことだ。

 多由也は驚いたような、バツが悪そうな表情でその笛を凝視している。

 

「…ふーん。まぁ、そっちのオモチャよりは良いんじゃねぇか?」

「いや、でも、ジジイの言うとおり、子供のウチじゃ…金払えるのは精々さっきの笛位だ。」

「…。」

 

 ――― サソリは自然と、自分が金を出すのだと決めつけ、受け入れていた自分の脳に頭を抱えた。

 

「……………………………いい。俺が出す。」

「え、あ、いや、だってこれ高いし…」

「…いや。ヤニ吸うなって言いだしたのは俺だ。」

「でも、その前からずっと欲しかった奴で、」

「頼むから黙ってくれ…。ジジイ…俺の気が変わんねぇ内に会計済ませてくれや……」

「…」

 

 店の男は眉間の皺を一層深め、サソリの持った笛を受け取るとカウンターへと戻っていった。多由也は『あのジジイ分かんねぇんだ、変な所でいつも怒ってる…』とサソリに耳打ちしたが、恐らく元々眉間に力が篭ってしまう人種なのだろう。先程などは視線が微かに彷徨っていた。恐らく困っていたのだ。

 精々15ほどの年の頃の少年が、頭を抱えて、高めの笛の金を払うと言っているのだから困るのも無理はない。尤も、サソリは財布の心配などとは無縁であるし、中身の年齢ですら少年の域はとうに超えているのだが。

 

「待ってくれ。」

「何だ?」

「ついでにこれも頼む。」

「何でテメー3分も経たない間に面の皮分厚くなってんだよ。」

 

 まぁ1個も2個も変わらねぇか、と多由也が置いていったアルミ製の容器を拾い上げると、蜜蝋ワックスと書かれた表面のタグが目に入った。サソリは蜜蝋を主に傀儡の耐水加工や骨の継ぎ足し、磨き上げの目的で使用するが、それは楽器のツヤ出しや手入れにも使われる。

 恐らく多由也が幼くして蜜蝋という、一般人では馴染みのない単語を知っていた理由は、それが楽器の手入れの材料だからだろう。サソリがやけに容器の形に見覚えがあると思えば、容器に書かれたロゴマークが、以前に多由也がサソリに買ってきたもののそれと全く同じであることに気づいた。

 果たして、『欲しいけれども買えない商品がある…』と人付き合いの悪そうな店員にすら悟られてしまう程に、多由也はこの店に足繁く通っていたのだろうか。尤も、その楽器への熱意がどこから溢れてくるものなのかは些か疑問ではある。サソリが容器を手元でくるくると回し眺めていると、店員は鉄製の笛を箱に入れながらサソリに口を開いた。

 

「……なぁ、アンタはあの子供の兄か?」

「……いや。成り行きで連れ立ってるだけだ。」

「そうか。私から、礼を言おう。」

 

 『買ってくれてありがとう』とでもいうような性分には見えない初老の男の感謝の言葉に、サソリは首を傾げる。

 

「私も楽器に携わる者のプライドがある。彼女の血が望まぬ品は、渡したくなかった。」

「どういうことだ?」

「何。…知らなかったのか。本人から話は聞かないがね、大方あの子供は近隣に集落を持つ一族の末裔だろう。」

 楽器を奏し忍術を駆使する戦闘スタイルを取る忍の一族が、この国の近隣に集落を構えているとは、大蛇丸の話だ。あの野郎のうんちく話に傾ける耳は持ち合わせていなかったので、細かい話は聞いてはいなかったが、その一族が扱う物品がこの国で頻繁に売買されていることは、町を眺めていれば理解ができる。

 蜜蝋がその一例だ楽器と根深い関係を持つ一族が近辺に住まうこの国において、楽器の手入れに有用である蜜蝋が盛んに売買されるようになったのであろう。

 人間の出入りも頻繁なのではないだろうか。多由也がどういった生い立ちをしているかは知る所ではないが、一般人にその血が入り混じってしまっていたとて、おかしい事ではない。

 まさか、その一族の末裔と縁ができていたとは考えもしていなかったが、多由也の楽器への熱意が血脈から来るものであるならば、それは自然の摂理ともいえた。

 

「……なぁ、そろそろ日が落ちる。」

 

 店内を見回していた多由也が、軒先から声を掛けた。「ああ、すぐ行く。」とサソリが短い返事をした後、初老の男はサソリに長方形の細長い箱と、小さい瓶の入った包みを渡す。

 

「その血を忌むも、受け入れるも、君の権利だ。但しこれは…子供の、力にしてやって欲しい。」

 

 神経質そうにつり上がった目線の先を追うと、西日を背後にたたえた瘦せぎすの少女の姿があった。眩む程の日の光を受け、影は軒先からカウンターまで届いている。

 ――仮に一般人であるならば。

 一端の市民だと思っていた影が、突如として人を殺せる兵器の影に形を変えれば恐ろしくもなるだろう。例えそれが、7つにも満たない子供であれども、恐怖心を煽られた人間とは何をするか底が知れない。

 只、サソリと多由也にあたっては事情が違う。

 

「…別に。脅威にもなりゃしねぇよ、俺にとってはな。代金分程度は扱き使う目処が立ったってだけだ。」

 

 多由也はサソリに力を求める復讐者であり、少なくともサソリにとっては、唯の瘦せぎすの少女ではない。あの子供は、躊躇もなく往来にクナイを投げ込むような奴である。それを承知の上で、サソリは多由也に復讐の術を授ける義務を負っているのだ。それにそもそもの話―――多由也が教えを請うた者は、この世のはぐれ者であり、世界の脅威を体現した男なのだ。

 

「…多由也。」

 

 サソリが老人の言葉を思い出し、目の前の少女を呼ぶ。少女は譜面を見つめていたキラキラした目のまま、サソリの方を見た。老人が何を思っていたのかはサソリの知るところではない。

 もし彼が多由也の育ちに同情心を抱いていたなら、――もしサソリが少女を救うヒーローか何かに見えていたなら――お門違いもいいところだ。サソリは記憶の中の、存外優しい目をしていた神経質そうな顔に鼻で笑った。

お前の趣味、凶器にしろ。いいな?」

***

 

 彼には音楽のことなど分からないので、奏す音こそ多由也にお任せであったが、チャクラを音に乗せる方法、――時折実演でもって術を使うタイミング、立ち回りを教えた。

 嘗て、傀儡師の家系に産まれたサソリが、祖母から傀儡の術を学んだ時のように、多由也にもまた血に心得が染み付いていたのだろう。

 いくら教えても無骨な忍具の扱いはからっきしであった代わりとでも言うかの様に、1を教えれば10を覚える勢いで笛の扱いを覚えた。

 

 やはり多由也は幻術タイプであったようで、サソリは主に幻術の掛け方を学ばせた。彼の分野でこそないが、簡単なことは教えることができる。

 同胞殺しで名高い木の葉出身の同僚を思い浮かべ、『相手を幻術に上手く嵌めることが出来れば、下手な忍術よりずっと深く地獄に叩き込めるぞ』と復讐心を煽れば、とうとう独学でも学びだしたものだから、多由也の成長は早かった。

 

「あ、あ……俺の腕、腕がぁぁああ!!!わか、分かった!分かった吐くから!!」

 

 震える腕をぴん、と磔刑の囚人のように突き出した男が叫ぶ。顔のみならず晒された腕までも汗が滝のように溢れる男は、体はおろか、痛みを訴えている腕すら傷一つない。しかし、恐らく今男は地獄に誘われているであろうことは容易に確信が持てる。――サソリの奥に控える少女の作り出した地獄に。

 

「多由也、もういい。」

 

 サソリが平坦な言葉を紡ぐと、散らかった部屋に反響していた笛の音は止む。男はまるで傀儡の糸が切れたようにふっ、と床へ倒れこんだ。

 

「なぁ。もういいんじゃないか、そろそろ…」

 

 多由也は生気を無くした男を見て、サソリに喋りかける。元々この少女は、弟を殺した忍に復讐することが目的でサソリの側に身を置いているのだ。『そろそろいいんじゃないか』とは恐らく、『自分が目的を遂げるに相応しい実力を身につけたのではないか』とでも言いたいのだろう。

 床に這い蹲る男は戯言のようにぶつぶつと何処かの住所を喋っている。『これで、いいのか』とその口が動いた所でサソリは男の首を屠った。

 多由也に振り返り、サソリは己の首を横に振る。

 

「お前の相手、チンピラでも忍は忍だ。過ぎて良いことも無いが、急いて良いことも無ぇ。無駄死にしたいってんなら話は別だがな。」

「…それは、困る。」

「なら待て。」

「…………わかった。」

 

 多由也は物言いたげな目をしていたが、それ以上は何も言わなかった。

 

***

 

「―――ウチは、アンタに恋してるのかもしれない。」

 

 多由也がベッドに身を投げ出し、息を吐くと同時にそんなことを宣い出したものだから、思わずサソリは咳き込んだ。

 

「ゲホ…ッ、おい…気味悪ぃ冗談やめろ。殺すぞ。」

「ウチだって、こんなこと冗談だって言うもんか!」

 

 多由也はベッドから上半身だけ身を持ち上げ、口を尖らせて抗議する。全身をもって本気を主張しているが、迫力の無い睨み顔だとか、恋だのなんだのを騙るにしては青すぎる体躯だとか、全てが全て冗談としか思えなかったサソリは悪気も無く失笑した。

 

「あ!性格クッソ悪い!!」

「…寧ろ今まで良いと思ってたのか?」

「それは無ぇ。」

「そうだろう。ならそれは気のせいだ。」

 

 真顔で即答した多由也に、サソリも又真顔で否定する。それでも多由也は本気で取合おうとしないサソリに納得がいかないようで、気のせいなんかじゃない、と尚も食い下がる。ベッドからぴょん、と降りると、ソファに腰掛けているサソリの膝の上にひらりと跨った。突然増した重みに、安っぽいソファがギシリ、と悲鳴をあげた。

 

「こんな気持ち、初めてだ。」

「どうして初めてでそれが恋だと分かる?」

「アンタと会って、胃の辺りがあったかくなった。今まですごく痛かったのに。」

 

 多由也はそう言って己の腹部に手を当てる。哀れな子供だ、とサソリは思った。勘違いをするにも自分は然るべき相手ではない。気まぐれに暴力を振るう両親の傍から、気まぐれで暴力を振るわない犯罪者の傍に変わっただけだ。それもこの付き合いは、多由也が復讐を遂げるその日まで。そんな状況下で感じてしまった安堵感を恋心と勘違いしてしまっている。

 

「腹痛が治ったのは何よりだが、それは恋とは無関係だ。」

 

 サソリは目の前の子供の表情をぼんやりと見つめ、自分の核にちり、した痛みが走ったのを感じた。

 肘掛けから、多由也の頬に伸ばそうとした手の平に、思わず力を込める。痛覚を忘れた手の関節が、肘掛けの上で微かにぎち、と悲鳴を上げた。

***

(0905/16)

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